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2010年09月28日

「神に見放された?」

「神に見放された?」

「エル・グレコ 悔悛する聖ペテロ」


多分、多くの人が神に見放されたのではないかと
言う不安や失望を体験しているのではないかと思います。

今から14年前の事です。息子の「心外導管」心臓手術
の時が来て本土の病院へ入院しました。

手術に際しての様々な細かい検査がありました。
その数日間に今回の手術の危険性が高い事が分かりました。

まず。本人が知恵遅れがある事で体中の器具を外す可能性
がある事、前回の手術で要らない毛細血管が多発している事、

血管が多いと出血がどの血管からしているか突き止めて
その血管を切らなくてはならない事、そのためにはICUで数日間、
術後胸を開いた状態で置かなければならない事のために感染症
で死ぬ危険性など・・・

だが、手術しなければ命そのものが保証出来ない状態でした。
体力的に非常に酷である事を宣告されました。

私は必死に祈りました。それまではユタの神様は、即座に返事をして
くれたのに全く反応がありませんでした。どんなに祈っても無駄で、
私は不安になりました。

沖縄のユタの相棒にも連絡して神が答えられない事を告げて祈りを
頼みました。しかし、誰も「答えがない」との事でした。
沖縄の拝み仲間の言う事は「あなたが祈ってもどうしようもないなら
どうしようもないさねえ・・・」でした。

「はい」「いいえ」の即答があるのがユタの世界です。沈黙は不気味でした。
祈れば祈るほどに不安になる状態をはじめて体験しました。神に見捨てら
れた不安でした。自分の祈りの手さえも見る事が出来ない深い暗闇の中の
底なしの穴に落とされた気持ちでした。

結局、手術をするか,否かは母親の判断に委ねると言う事になり、私は
息子とそのまま帰って来ました。宣告された一年の余命の時間を息子と
後悔しないように懸命に生きようと決意しての帰沖でした。

その後からの私達母子に待っていたのは凄まじい現実でした。
傷心の思いで帰ってきた私の前に立ちはだかっていたのは金融会社
の悪質な取立てでした。

家におれず仕方なく息子と車上生活でした。シャワ〜の時だけ帰ると言う
状況でした。どんなに祈っても答えられないユタの神、周囲の人に見捨て
られた疎外感からとうとう母子心中事件を起してしまったのです。

助かった後からも私は、ずっと考えていたのは何故、あの時、突然、ユタの神は
答えられずに私達を見捨てたのか?と・・・

私は、一つの真実に気づかされました。その時には、私の周りには数名の
クリスチャンがいた事でした。彼女達は、聖霊の宮です。彼女達に霊的な力や
操作する力はなくても彼女達はキリストの霊の中にいます。

ユタの神は(悪魔)はどんな策略をもってしても熱心に我が子に対する祈りを
真理の神キリストにささげる母達の愛の前には、何もなす術が無かったのです。

しかし、彼女達は私がユタ、シャ〜マニズムである事を知っていても柔和に
親切に対応してくれて私達母子のためにも祈りを捧げていたと知りました。

神に見捨てられたと絶望しないで下さい。
今、暗闇の中にいて神などいるもんかと
思うような状況にあってもあなたを愛し、
あなたのために死んで下さった神がいます。

「あなたは高価で尊い」
「救うに力強い者それがわたしだ」イザヤ63:1
と母の胎内であなたを組み立てられた神様が
あなたに声をかけられています。


「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは御子を信じる者がひとりとして滅びることがなく、
永遠のいのちを持つためである」ヨハネ3:16


心に戸惑いを持つ方不安で眠れない方お気軽にご連絡下さい。


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Posted by 金城米子 at 12:15│Comments(0)祈り
 
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