2010年09月23日
証 (ユタ時代)

(火で唇を神聖にするイザヤ ベンジャミン・ウエスボブ・ジョーンズ大学).
今から数十年前のことです。
私は実家の家族と共にユタの仕事の召しを受けたのですが
拒否して本土の方に私以外は全員引越ししました。
三年ほどは何事もなく平穏でした。
私はある日、知人に誘われて興味本位からある有名なユタを訪問しました。
そのユタに私は「あんたは家族を沖縄に呼び戻して神様の御用をしなさい。
それがあなたの宿命だ。もしそうしなければお母さんが死ぬ」と宣告されました。
考えあぐねた末に私は本土にいる母に電話でその事を告げました。
母が電話の向こう側でせせら笑いしました。
それから一週間後に母は沖縄に気晴らしの旅の気分で来ました。
そして、本土に帰ったのですが帰る時から母はとても体調が悪そうでした。
「かあちゃん、大丈夫かね」私。「何でかねえ。あんなに元気だったのに。
やっぱり沖縄は私には合わんのかね」と母・・・
本土へ行ってから母は玄関で倒れて入院になりました。
それから私は幼い息子を連れて母の看病の為に本土へ行きました。
私と母は、毎晩、女の幽霊が母の身体の上に股乗りして母を攻撃
する光景をはっきりと見ました。母は苦しそうにもがきます。
私は幽霊に向かって「あんたは誰なの?」と聞きましたが聞いても答えないのです。
私たち姉妹は母を助けたい一心で神社、お寺、霊媒師と助け人を探しますが
どの宗教家も霊媒師も助けられませんでした。
母は、食事が取れずに牛乳とバナナしか取れません。
牛乳は好きではなかったのに・・・
寝たっきりになって動けなくなった母・・・
私は一大決心をします。女性の霊と取引をしました。
母を助けたかったからです。
私が沖縄に行く事によって女性の霊は生前の夫に
会えると言いましたのでそのようにしました。。
私「霊なら何処へでも自由にいけるのではないのか?」
霊「霊の世界にも境界線があって私は人に憑かなければ
行けない」との事で私は沖縄に帰りました。
それから再び本土へ行きました。
一週間後突然幽霊の夫だった人が亡くなりました。
母はすっかり元気なりました。
そして私は、沖縄に先に帰り実家がユタとして
再出発をする為に動きました。
私たち家族は不思議なほどにユタになるべく工程に
導かれました。
それらの事は全て悪魔が私たち家族を引き落とす
ための道のりだった事、またそれも神様が許して
いて後の日のためだった事、つまり、悪魔は人々
を霊の世界へ興味を持たせて引きずり込み悪魔の
弟子つくりと神が愛している人々を地獄に落とす事
を目的としている事、悪魔が大きな波がうねりを上げ
て飲み込もうとしている事にブレ〜キをかける役割と
して私たち家族が闇の世界と光の世界を判別する力
を持つ事を計画されたのだとキリストに出会ってから
はっきりと理解しました。
女性の幽霊の波長があったのは私たち母子の境遇が似ていた事です。
母も父親の女性関係で家族関係が壊れていた境遇で育っていた事です。
母自身も夫に女性関係でずっと裏切られていてトラウマになっていた事です。
私自身も両親に対しての不信感と裏切られた道を体験し憎しみと
男性不信感の種を母の胎内にある時に握ってしまっていた事です。
母も妊娠中に父に捨てられた経験があり、私自身もそうでありました。
だから心の傷に悪魔が罠を張ったと言う事ですね。人は生きていきて行きやすい
方向に流されていく弱さがあります。
人の心も移ろいやすいです。自分の都合でしか人を
愛する事も守る事も出来ません。
しかし、あなたをどんな時にも「あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している」と言って不変の愛を
くださる十字架のキリストである神がいる事を憶えて下さい。
上記聖画は内容とは関係ありません。
Posted by 金城米子 at 14:38│Comments(0)
│ユタ時代(サタンの働き)