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Posted by TI-DA at

2013年12月30日

あなたはどうしたいのか?

「あなたはどうしたいのか?」このみことばは私たちに突き付けられた言葉だと思います。

60歳の還暦だと言う美穂子さん(仮名)。彼女が悩みがあってどうにも解決がつかないという事でお会いすることになりました。

彼女は働いていない実の弟さんと老いた母との三人暮らしだそうですが問題は弟さんの借金癖だそうです。公の金融機関から借金することが出来なくなって個人からの借金が多くてその返済と言い訳に苦しんでいるとの事でした。

彼女は若いころから働き通しで結婚も出来なかったのは家族のせいだけど母親も弟も見放せないので今日まで同じ事の堂々巡りをしているんだと延々と過去の事や取りとめのない話をしていました。

一時間半の話を聞いた後に私は聞きました「あなたは私に何をしてほしいのですか?」と聞きました。

美穂子さんは言いました「だからねえ。これから私はどうしたらいいのかって事を聞きたかったわけですよ」。

私は美穂子さんに「ごめんなさい。聞きますけどあなたはクリスチャンですか?」と聞きました。

美穂子さんは「私は正真正銘のクリスチャンです。20年選手ですよ」何が20年選手かわかりませんが(苦笑)

米子トークです。
「人間は家族がどうしても自分の十字架になる場合もあります。家族の犠牲になったと思い込んでいるならそれは違います。その考えを改めない限り美穂子さんには幸せは訪れて来ませんよ。

どんなことも私たちは結局は自分自身が選択している事なんですよ。責任転嫁をする事で同情を得るかも知れないけれど何だかんだ言っても美穂子さんは自分が母親と弟さんとの生活を選んで弟さんの借金返済を手伝ったりしていたのです。

それは愛情からかも知れませんがでも、不平不満が出るのは美穂子さんの中に疲れと私が頑張ってきたことは実は、当たり前ではなくて、そうではなかったと言う後悔の思いが交差しているからなのです。

美穂子さんに「あなたはどうしたいのですか?」と訊ねました。そうしたら美穂子さんは「一人になってのんびり生活したい、ストレスで限界です」でした。

私は「そうしたら良いじゃないですか」と答えました。「クリスチャンであるなら一つ一つの物事を神様の前に差し出して神様に答えを貰って下さい。」と勧めました。

どうしたいと言う望みがはっきりしているなら祈って前に進んでください。人に聞くんじゃあなくて聖書は何と言っているか。このことは神様が喜ぶことなのか?が基準になるでしょう。

私達は節目節目に自分で選択をしながら生きているのですからね。選択の自由は神様が私たちに与えてくださった賜物です(^^)

選択したのは自分ですから責任転嫁はしない。自己憐憫にならない被害者意識を持たないで生きてください。

美穂子さんに最後に話したことは「あなたが不承不承ではあっても弟さんやお母さんを労わって生きてきたことは神様はきっと喜んでいると思いますよ。どうか、お幸せに暮らしてくださいね」でした。

祈りと賛美をするようにアドバイスをしてカウンセリングを終わりました。  


Posted by 金城米子 at 04:41Comments(2)

2013年12月28日

幽霊に愛された母と娘を救ったのは誰か?(4)

私米子の母に対する記憶は母は歌が大好きな人だったことでした。私が幼い頃は民謡を良く聞かされました。「新港節」は母がいつも歌っていた民謡でした。母はきっと遠方にいて連絡の取れない父との事を思って歌っていたに違いないです。

いろいろあって夜逃げ同然に母と私は山原から那覇に出ました。
乗り物酔いで母は安里のバス停留所で限界を感じてバスから降りて道端で吐いていました。

その時に偶然通りかかった父の姉に出会って私たちは那覇市牧志の父の家に連れてこられました。

その時には父は一緒に暮らしていた女性と別れていました。そのまま成り行きで私たちは父とその父の家族と生活するようになりました。

新しい大家族との生活が始まる事になりました。母と私は山原での聖歌鵜が大家族でその家族の経済や労働に我慢できずに夜逃げ同然に家を出たはずなのに再び今度は男たちだけの大家族の中に巻き込まれてしまうのでした。

母の好きな歌に演歌がありました。「愛染かつらと悲しき子守歌」でした。父と喧嘩をすると母は隣のお墓の上に登って歌を熱唱していました。

私も歌詞を覚えて一緒に歌うよになっていました。歌う事で悲しみをや怒りを忘れて現実逃避する母と子の現状は幸いにはほど遠い者でした。

母は長女として生まれ防衛隊に連れて行かれた父親である、私には祖父にあたりますがその父親に代わって家計を助けるために重労働の仕事を余儀なくさせられていたのです。

母もまた戦争の犠牲者だったのです。「あの戦争がなければ…」と言うのが母と祖母の口癖でした。祖父は防衛隊に連れて行かれ、母は伊江島の方へ女子挺身隊として働かされていて命からがら小舟で伊江島から南部の糸満へ逃げたと話していました。

泣く事もユルsれない逆らう事もまた命に係わるので逆らえない時代でした。憲兵隊や憲兵隊に密告する者たちがいて誰が敵で味方か解からない暮らしを強要されていた母には自分の意志を持つことは許されなかったのです。

母がいつも言っていた事でした。自己主張する事は死ぬことだった自殺行為だった。そんな幼年期から思春期を過して来たと・・・

だから、現実に希望を持てない人々が何に希望を求めたかと言うとそれは目に見ない神でした。目に見えない神は不安です。平安を得るために先祖霊に依存する事で平安を得ようとしたのです。

先祖霊と幽霊とまじむん(悪霊)の存在を信じる事が当時の人々の心を縛っていたのかも知れません。縛りそれが生きる事を助けていたの顔も知れないと言うのは信じがたいかも知れないけれど沖縄人なら理解できます。

生きる理由がなければ人は生きられません。どんな劣悪な境遇でも人は何らかの理由を決めて生きている者なのです。その事がやがて母の綾子と娘の私米子の人生に大きく関わって行くのです。  


Posted by 金城米子 at 01:50Comments(0)

2013年12月23日

君死にたもうなかれ

「君死にたもうなかれ」と言う言葉の意味は、「死なないでください」という意味です。出兵する弟に向けてお姉さまが祈った言葉でした。
映画小説にもなりました。

私の所には一日に数件の相談者からの連絡があります。殆どは死にたいと言う人。「自分に何の生きる価値があるの?」「生きる事に何の意味があるの?」という方々からの相談です。

生きる意味があるから生まれてくるのです。意味がなければ死産で産まれて来ません。私は何度か死産や流産を繰り返して五人の息子が与えられました。

だから、何となく解かるのです。与えられた五人にはりっぱな目的があるから生まれて来たのだと思えることが多々あります。

母親失格の私が大きなことは言えませんが私も思春期から50代の半ば迄、何度も自殺未遂を繰り返して来ました。本来なら私は今はこの地上には、いる事は出来ません。

望まれないで生まれて来た私がいて、児童虐待と言う境遇で育ち、思春期にはセクハラを受け、登校拒否があり、無価値な自分だと思い込んで自殺未遂を繰り返してきました。

同じ屋根の下で生活した兄弟姉妹にさえ、その事実は隠されていました。亡くなった叔父や叔母はその事を知っていても「臭い物にはふたをせよ」という「事なかれ主義」でしたから「SOS」を発信する未成年者の私を疎ましくは思っても憐れんでくれた身内はいませんでした。

yがて私は成長して母親になるも子育て放棄をして男性との駆け落ちで離婚と再婚を繰り返し、ありとあらゆろ女性の悪を経験して最後には10歳下の男性との間に現在の末子を産んでその末子の父親に捨てらえた状態で離婚して・・・

産まれた末子が重度の心疾患で三歳前に25分間の心臓停止をして重度の重複障碍者となって現在に至っています。

最悪なのは知的障害である事です。汚物を口に入れてしまう事です。今朝も油断していたらそれをしまして布団の中がめちゃくちゃになっていてその中で転がっている息子を見た時に実に憐れでなりませんでした。

こんな人を受け入れる人なんかこの世には存在しません。仕事だから介護士の方々は受け入れることが出来るかも知れませんが仕事を離れたり、自分の実生活の中では決して受け入れられないとお思います。

夜中に6回も着替えとシーツの選択に追われることはざらです。素直に着替えさせてくれるなら大丈夫ですがとことん馬鹿力での抵抗をしますからね。並大抵の忍耐や寛容じゃあないですよ。

親は年々年老いて力もかなわなくなります。しかし、あのアフリカの元大統領だったマンディ氏が仰ったように「国のために祈り、人々の幸いの為に祈っていたら元気でいられます。」と言うことを私たちが出来たら私たちも元気でいられます。

自分の難儀さは横に置いて私は心病む人々のために孤独の中にいる人々のために「とりなしの祈り」をし続けて行きたいと思います。

もし、「死にたいけれど死ねない」と苦しんでいる人がいますなら勇気をもって私の方に連絡をください。

沖縄の温暖気候の中で綺麗な海や山に囲まれて祈りの時を持ちながら一緒に生きていきましょう。私も人生の落伍者ですけどそれでも神様は慈愛を尽くして私を起ち上げて下さっています。

あなたがたも大丈夫ですよ。死に急がないで先ず、一日だけでも生き続けてください。明日の事は明日思い煩っても良いじゃあないですか?生きてください。

生きる価値のない人などこの世には一人もいませんよ。例え犯罪者でもです。

みんな、価値があるから目的がは生きる事ですからね。死に急がなくても死は必ずやって来ますからそれまでは生きて生きて生きぬいてください。

このメッセージを本土のN姉妹に捧げたいと思います。どうぞ、あなたと共に悩みを負って歩める信仰の友と祈りの友がいます。いつでもどうぞ、身一つで来てください。洋服も家庭用品も生活の場所も準備してありますから連絡して来てください。すぐにお迎えに空港まで行きますから・・・心からあなたを歓迎して受け入れます・・・

「わたしがあなたの側を通りかかった時、あなたが自分の血の中でもがいているのを見て、血に染まっているあなたに『生きよ。』と言い、血に染まっているあなたに、繰り返して『生きよ』と言った。」エゼキエル16:6。  


Posted by 金城米子 at 12:15Comments(1)

2013年12月19日

五年間で17回の聖書訓練をしてくれた恩師に感謝です

クリスチャンになって時期に「使徒の働き」を三人姉妹と一緒に牧師館で学びました。私は途中で息子の学校行事で一緒に出来なくなりました。

それで、私は毎日、教会に通い聖書を創世記から学ばせて頂きました。聖書を7章を目的に読み、解説をしていただきました。

牧師は必ず私の感想を聞いて聖書の解説と私の思い違いを正してくれました。

五年間で17回通読して聖書を毎日学びました。ヘブル書のCDを聞くと息子が泣き出すと話した時に牧師は言われました。

「ヘブル書はイエス・キリストについてを深く語り、旧約聖書の神の憐れみを知り、新約のイエス様の恵みが語られているし、預言者たちの信仰だけを神が見ておられた事を知るのですよ。

人の目から見て人物評価や判断するのではなくて神様の目からはどうなのかがよく解る書ですからね。きっと霊で聞いているのでしょうね。そして、お母さまの信仰が祝福されるようにとの勇徳くんの祈りが重なっているのではないですか」

ありとあらゆる聖会に出席し、メッセージを聞き、多くの牧師に教えを乞うて走り続けて来ました。今は、五年間の深い聖書の学びがあった事と丁寧に一節一節を解きあかししてくれながら祈りで私を支えてくれていた今は亡きM牧師に感謝しております。

新しい教会に転籍の際にM牧師がか弱い御声で新しい牧師に「彼女の信仰だけを見てください。」と仰いましたが真剣に聞いていないようでした。

「人は間違いをする者です。その間違いを裁くのではなくてその事を通して神様が成長させて下さる事を祈って期待しなさい」と仰るのがM牧師の口癖でした。

M牧師の仰るような牧師はもういないと思っていました。信仰の同志として共に立てる人はいないと決めつけていました。

でも、不足と思っていた山内牧師と回心した神学校卒業生や神学校在学中の働き人の上に「謙遜と従順と実践」を見るにつけ山内先生の御霊の実を見ることが出来ました。

本当に弟子作りをなさっている事を見て心から神様に感謝しています。今は亡きM牧師も「良かったね。あなたの植えられた場所であなたらしく咲きなさい」と仰っているように思えます。

聖書の学びは神を知り、近づく事でもあります。学びに喜びがあるのならそれもまた、神様の恵みです。人それぞれです。羨んだり比較してはいけません。全ては神の采配です。御手に委ねましょう。

「民をわたしのもとに集めよ。私は彼らに神の言葉を聞かせよう。
それによって彼らが地上に生きている間、わたしを恐れる事を学び、また彼らがその子どもたちに教えることが出来るように」申命記4:10  


Posted by 金城米子 at 10:10Comments(0)

2013年12月19日

神の御声を聴くデボーション

私の場合をお話しします。神の御声は人間の声のように耳に直接聞こえるのではありません。

私は悩みがある時には必ず聖書を開きます。どこかに自分の問題に対しての答えはないかなあと・・・

聖書に登場人物が出て来ますがその人物たちを通して神の御声を聴けるような思いが起こります。

ヨナ書から神が語られた事をヨナ書1~1~15で語ります。

まず、主に対しての従順を思わされました。従うには主の御声を聴けなければ従えません。

2節でヨナは主の御声を聴きました。この時代には聖書がなかったので神様は直接に預言者や指導者に御声をかけられたのです。

しかし、現代は神の御声である聖書が私たちの上にあたえられています。これが神の御声となっています。

神様は「目的」を持ってヨナに御声をかけられました。神様が私たちを最初に召したのは目的があっての事です。私たちが永遠の命に入る事を神様は望まれて召されたのです。

「神は実にそのひとり子をお与えになるほどに世を愛された。それは御子を信じる者が一人として滅びることなく永遠の命を持つためである」ヨハネ3:16。

この神様の御旨を私たちを通して私たちが周りの人に伝えられるようにと私たちの家族や親族の中、地域や職場や社会の中でありとあらゆる環境の中から召されたのです。

私たちは誰よりも期待されて召された事を知らなければならないのです。それは神の目的を成就するために認められたという事です。

それは神様のために選ばれたという事なのです。ヨナも同じように神様に使命を受けたのです。このことは私たちにとって非常な名誉なことです。

ヨナにあったのは「高慢」でした。ヨナは神様がどのようなお方であるかを良く知っていました。(4:1・2)ですから彼は神が命じたニネベではなくキルシシュへ逃げたのです。この高慢は神の働きを妨げます。私たちもとても気を付ける必要があります。高慢がある時、当然、神様は沈黙されます。

御声をかけません。すると自分の思いが優先します。そしてこれが神の御声だと勘違いします。恐ろしいことです。もう一つは自分は正しい事をしているのだと思うようになるのです。高慢は知らない間にサタンに思考を縛られる原因です。

ヨナ書4・5・6、こういう人たちは周りに迷惑をかけることになります。そして、神様からの強烈な「訓練」を受けることになります。これを神の御手に陥るという事と言います。

私たちは神様からの訓練(試練)を受けて初めて目が覚めるという事になります。ですから神様は愛する者を叱ったりするのです。それは神の良き器となるためです。時には不従順は命に関わることもあります。私たちが学ぶことは聖書に従う事であり、謙遜になって御心を求める事です。

ヨナ書からは「従順」「目的」「高慢」「訓練」を学びました。
「従う事は最大の喜び、しかし、そむく事は偶像礼拝の罪である」を知りました。

第一サムエル15章22~23節。のみことばです。

22「主は主の御声に聞き従うほどに、全燃のいけにえやその他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾ける事は、雄羊の脂肪にまさる。」

23「まことに、そむく事は占いの罪、従わない事は偶像礼拝の罪だ。あなたが主の言葉を退けたので、主もあなたを王位から退けた」  


Posted by 金城米子 at 09:15Comments(0)

2013年12月18日

人のした悪を思わず・・・

「クリスチャンとして新しき人生をスタートしたのだからもう、偶像崇拝の実家の両親とは決別しても良いんですよね」と言ったのが私でした。牧師は言いました。「それこそ悪魔の罠ですよ。今まで以上に両親に近づいて娘としての愛を持って仕えなさい。ご両親や親戚があなたの上にキリストを見る事が出来るようにキリストの愛を実践しなさい」と教えてくれたのが牧師でした。

私がクリスチャンとして立って生きることが出来るのは、その牧師の一つひとつの教えでした。折に触れ時が良かろうが悪かろうが私はどんな些細な事も全て逐一牧師に相談して質問と答えを導いて貰っていました。

牧師はその質問には必ず「聖書を開きなさい」と仰ってからみことばを一緒に読んでから答えました。決して御言葉を曲げることはせずにみことばを解きあかしながら答えを導かせてくれました。そして、私の間違いを責める事もせずに寛容と忍耐を持って接してくれていました。

実はそれが聖書デボーションにつながる事だったのだと後々知る事になりますが自分が抱えている問題や疑問など、またこれから行おうとしている事を聖書を通して神の御旨を知るという事です。

聖書の原点はイエス・キリストの十字架と自分の罪を知る事ですが十字架には大きな私たちの罪が語られているのですね。「人を赦せない罪」「裁きの罪」「高慢の罪」「自我の塊」など等です。

牧師は私に「キリストを愛していると告白できる者となりなさい」とよく言われました。キリストを愛しているなら人を赦し、受け入れ、寛容と忍耐を持って神と人々に仕えることが出来る筈ですよ」とやんわりですが心にグッサと刺さる言葉を発しました。

牧師がある日私に質問をしました。「あなたのお父様の良いところは有んですか?」

私は答えました。「独学で勉強して警察官になったことです。そして、英語を学び同時通訳も出来ていた事、読書が好きで家には八畳一間がいろんな難しい本がありました。どの本の話を聞いてもちゃんと答えることが出来るほどに記憶力が抜群で父には、かないません。それに、痛みに強い人でもあり決して騒がない人でした。打たれ強いところもありました。軍の新聞にも武勇伝が取り上げられていました。暴動を沈静化したとかで・・・」

牧師「そうですか。それは大変立派な評価ですね。あなたはその良いところだけを引き継いだ者として神様に感謝しなさい。それではお母さまはどのような良いところがありましたか?」

私「非常に我慢強い人で責任感が強い人でした。どんなに体調が悪くても自分に課せられた仕事はしっかり最後までこなしていました。料理も超一流で近所の中華料理店のコックさんがびっくりするくらいでした。和裁も一流で裁縫が上手で小さい頃は内職をしていて生計を助けながらお客さんの布の切れ端を利用して私の着る服はどこにもないデザインで作ってくれていました」

牧師「あなたはご自分のご両親の良いところをちゃんと評価していますね。だったらあなたはその両親から生まれた娘として両親の良いところをあなたが真似ることが出来るようにしなさい。決して両親の犯した過ちや傷を責めたりせずに良いところだけを見なさい。十字架は赦す事です。人のした悪を思わない。それがキリストを愛する者への召命です」

私は裁縫が苦手でした。でも、息子の洋服代にお金がかかりますので(介護服一万円余り。)毎日、破るために毎月、買わなければならない・・・何とかミシンが出来るようになりたいこと、服の直しが出来る事を望んでいました。

祈っていたら、ある方からミシンのギフトがありました。でも、ミシンの使用方法が解かりません。DVDを見ても要領が掴めません。そこで小学校生の愛孫の登場で介護服を直してもらっていました(笑)

でも、愛孫たちも自分の事で忙しくなり、私は自分でミシンをしなければならなくなり、こわごわ祈り心でミシンを使って補修しました。後で分ったことは下糸の入れ方が反対だったのですがミシンは抵抗することもなくちゃんと動いてくれていました。

今朝も、23日に着る予定のゴスペルフラダンスの衣装のサイズ直しと丈の直しをしなければなりません。失敗すれば二度と沖縄では買うことが出来ない衣装です。時間が無いので自分で補修をしなければなりません。

そこで、母が洋裁をしていた頃を思い出しました。小学校性の頃の事ですが母がしていた事はどんなことに気を付けながら手直しをしていたかを思い起こしながら手順通りに縫い目をはずし、手順通りにゆっくりゆうくりと頑張りました。

プロのようには行きませんでしたが見た目には綺麗に直せました。心の中で「私はあの器用な母の娘だから絶対にできる。大丈夫を言い聞かせながら主よ。助けてください。」と言いながら出来ました。

人のした悪を思わず・・・そうです。良いところだけを学ぶ生き方です。私は主にあって虐待父からも偶像熱心な母からも何の影響も受けません。

心からM牧師との5年間の出会いを感謝しています。人間誰しも欠点はあります。大罪人です。でも、神様が教えるようにDNAは良い所だけを見続ける事ですあなたにもご両親からの素晴らしい良いDNAがあるはずです。探し見てください。そして、先祖にもご両親にも感謝してください。一番はそれらを与えて下さった神様に感謝してください。

このメッセージをY子姉妹へ送ります。主にあって平安がありますように・・・

「愛は寛容であり、親切です、また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてを我慢し、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶える事はありません」第一コリント13:4~8a  


Posted by 金城米子 at 11:49Comments(1)

2013年12月12日

悪魔に足場を与えない生き方を選択しなさい。

ユタ時代には、悪霊に浸かれた人の解放の祈りをして来ました。クリスチャンになってからも悪霊に浸かれたノンクリスチャンを開放しました。

家の近くに棲む地縛霊や拝所の悪霊に悩まされている人を解放してきました。悪霊に浸かれる人の多くは心の中の傷が悪霊のエサになっている場合が多いと感じました。

赦せない人が多い人・家族関係を恨んだり・自分の血を呪ったらり・親を呪ったらり・環境や境遇を呪ったりと本人の中に呪いを選択している場合が殆どです。

クリスチャンになってから悪霊伝説の拝所などを廻りました。そこには何もいませんでした(笑)何も感じませんでしたよ。以前に私に聞こえてきた教えはみな、心に潜む傷に応答したことであることがはっきりと解かりました。

空中を棲み家とする悪霊・諸霊は動くものにしかつかないのを知っています。動物や人です。幸いな人にはつきません。感謝を知っている人にも悪霊はつきません。


私の召命はトリニティカウンセラーです。牧師になる事でもなく、組織に属する事でもありません。私は私とキリストの関係を守りつつ苦しみの中にある人にキリストの希望を伝えるだけに召されたと確信しています。

私たちの戦いはただ、御言葉に従うだけです。

「悪魔の策略に対して立ち向かうことが出来るために、神のすべての武具を身につけなさい。

私たちの格闘は血肉によるものではなく、主権、力、この暗闇の世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

ですから邪悪な日に際して対抗できるように、また、一切を成し遂げて、堅く立つことができるように、神の全ての武具をとりなさい。では、しっかりと立ちなさい。

腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべてのものの上に、信仰の大楯を取りなさい。

それによって、悪い火矢を、みな、消すことが出来ます。救いの兜をかぶり、また御霊の与える剣である、神のみことばを受け取りなさい。

全ての祈りと願いを用いて、どんな時にも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、全ての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい」エペソ6:11~18.  


Posted by 金城米子 at 23:14Comments(0)

2013年12月12日

キリスト教信仰を邪魔する思考を捨てなさい。

キリスト教には福音派とペンテコステ派があります。私はどっちにも派にも所属しましたし、ユタと言う特別な世界からキリストに変えられた者として私が理解している事をお話ししたいです。

悪魔や悪霊・諸霊などの存在は信じます。それらは闇の持つ力で人に悪さをします。戦争・病気・事件・事故・敵対心・疑心暗鬼・うつ病など等数え上げたらきりがありません。

クリスチャンの間違いは、悪魔の率いる霊は、ノンクリスチャンには関わらないと言います。クリスチャンを陥れるのが悪魔の目的だからクリスチャンにしか悪さをしないと言うのは間違でます。

悪魔はクリスチャンの思考を縛ります。うつ病がその代表です。私はユタの時代にはそれらの事を悪霊のわざだと知っていたので悪霊祓いをしていました。

しかし、悪霊祓いは一度では終わりませんでした。それがきかっかけで拝みの道に入信させるのが悪魔の罠だったのです。

悪魔は非常に知恵があって誘惑やあらゆる策略を持って人間を拘束することを知ってほしいと思います。人間の心の中にある弱みや傷・隠しておきたいことなど等を知り尽くしています。その心のうちにあるものを利用して人間を拘束します。

思考に働くのもその人の境遇や環境から受ける傷に上手に働きます。男として女としてのあるべき生き方を混乱させます。性的にもです。

親としてのあるべき姿も破壊します。情欲に働く悪霊もいます。盗み・偽り・暴力なども悪霊による思考の縛りです。悪口や大言壮語など言葉の罪も誘発させます。

夢にも作用して苦しめたり、眠れなくしたり、悪意の感情や責任転嫁の勘違いも起こします。騙されないでください。騙して・滅ぼし・殺すのが悪魔の人間に対する目的です。

それらから身を守るためにはキリスト教の聖書を学ばなければ理解できません。聖書は愛を教えます。愛が基本になる事が私たちの安全に生きる唯一の道であるのです。

どうぞ、悩みの中にある方々はお近くの教会を訪問してください。そして、教会のクリスチャンにお願いします。

どのような質問にも問題にも聖書から正しく未信者の方々を導く事が出来るように自分自身が神様によって先に召された者であることを自覚して信仰に強くたってください。

それにはまず、自己憐憫の祈りは捨て去ってください。信仰に堅くたっている人には、悪魔の矢は刺さりません。

「闇は光に勝たなかった」とあります。あなたが神様の召しを受けた者であることを自覚することが勝利なのですよ。悪魔にだまされないようにしてください。

クリスチャンは光の子です。暗い部屋に電気のスイッチを入れたら闇は消えます。あなたがそのスイッチを入れる働きなのです。あなたには闇の力は何もできません。確信してください。あなたの思考を騙すのが目的ですから。決して騙されないでください。  


Posted by 金城米子 at 18:51Comments(0)

2013年12月09日

本当に怖いものはあなたの心に潜む戸惑いです。

死者の霊を取り扱った箇所は聖書には「金持ちとラザロ」の箇所があります。そこの箇所では死んだ後に真理の神を知ってからと言って苦しみの場所に落ちた霊には何もできない事がはっきりと記されています。

伝道の書12:7にも「チリはもとあったチリにかえり、霊は造られた神の元へ行く」と記されています。このことでは何が分るかと言えば人は死んでからは何もできないという事です。

よみに下ったら人間は悔い改める事も出来ないのです。殺された人が仇を打つことも出来ないのです。だから幽霊になって地上をさ迷うことも出来ないのです。

地縛霊も先祖霊も地上にいる事は出来ません。地上に出て来ることも親戚周りをする事も神様が一切許さないのです。

怪談伝説がありますが非業の死を遂げた人が幽霊となって祟る事は出来ません。よーく考えてください。生きている者も死んでいる者の霊も管理するのはイエス・キリストです。

戦争や事件事故で非業の死を遂げた人の霊を愛と憐れみの神であるイエス・キリストが幽霊になって地縛霊になって人々に祟るようにと許可すると思いますか?

決してそんなことはありません。愛なる神イエス様はそのような方々の霊を捨て置かずに慰めと励ましを持ってその霊をイエスさまが備えられて平安な場所に安置します。

怪談話を操っているのはサタンのしもべの悪霊です。聖書に「サタンに足場を与えるな」との教えがあります。それはどういう事でしょうか?

恐れです。恐れは何処から来るでしょうか?神を信頼しない所から来ます。サタンを侮ってはなりませんが恐れる事は最もサタンの喜ぶことです。

イエス・キリストを信じている人への報酬は永遠の命です。私たちは永遠を思う心を与えられてこの世で生きていますがこの世は永遠ではありません。

この世では私たちは旅人です。永遠への約束を貰った旅人ですから地上で起こる事は何一つとして大きな事ではありません。神様に信頼している者にはもはや恐れはありません。最も恐れなければならない事は死んでから火の池地獄に落とされることです。

火の池地獄では永遠の苦しみですよ。落ちたらすぐ霊魂は焼却されて何も残らないという事ではありません。天国が永遠であるように火の池地獄も永遠なのです。

サタン悪霊も諸霊もユタ・占い師・偽予言者・祈祷師(イエス・キリストを主神としない者たちは全て一蓮托生)が火の池地獄に落ちます。
それは真理ですから私たちにはどうすることも出来ません。

人間の力が及ばないのが霊の世界ですがここで覚えておいてほしいのは「生きる事も死ぬ事も神様の許可がなければ生きる事も死ぬことも出来ない」のです。その事を知ってください。

真実にイエス・キリストだけが私の神であると告白するなら聖書のみことばを握って生きることが出来ます。誰もあなたに災いを起こせません。

自らサタンへ戦いを挑む必要は全くありません。サタンと戦うのはイエス・キリストであり御使いたちです。私たちではありませんよ。私たちはサタンと戦う必要はありません。ですが恐れてはいけません。

拝所に悪霊がいるからと恐れないでください。近づく必要もありません。あなたの仕事ではありませんからね。そういう事を無視して下さい。

主イエス・キリストへの感謝と賛美と祈りであなた自身を備えてください。あなたが考える事はイエス・キリストの事だけです。

詩編の91篇は私が毎朝、確信を持って祈っているみことばです。神様は確認の神様でもあります。確信の祈りは確認へ至らせます。

「いと高き隠れ家に住む者は、全能者の陰に宿る。私は主に申し上げよう。『我が避けどころ我が砦、私の信頼する神』と。主は狩り人の罠から恐ろしい疫病から、あなたを救い出されるからである。

主はご自分の羽で、あなたをおおわれる。あなたはその翼の下に身を避ける。主の真実は、大楯であり、砦である。あなたは夜の恐怖も恐れず、昼に飛び来る矢も恐れない。

また、暗闇に歩き回る疫病も真昼に荒す滅びをも。千人が、あなたのかたわらに、万人が、あなたの右手に倒れても、それはなたには近づかない。

あなたはただ、それを目にし、悪者への報いを見るだけである。それはあなたが私の避け所である主を、いと高き方を、あなたの住まいとしたからである。

災いはあなたに降りかからず、えやみもあなたの天幕に近づかない。まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、すべての道であなたを守るようにされる。

彼らはその手であなたを支え、あなたの足が石に打ち与える事がないようにする。あなたは獅子とコブラとを踏みつけ、若獅子と蛇とを踏みにじろう。

彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。彼がわたしの名を知っているから、わたしは彼を高く上げよう。彼が私を呼び求めれば、わたしは彼に答えよう。わたしは苦しみの時に彼と共にいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。わたしは彼を長いいのちで満ちたらせ、わたしの救いを彼に見せよう」詩編91篇

  


Posted by 金城米子 at 16:27Comments(0)

2013年12月09日

神様は本当にいるの?

年が明けたら41歳になると言うMさんからの相談でした。

Mさんは結婚して15年になり、息子が二人と娘が一人で一件ごく普通の一般サラリーマン家庭です。Mさんとは時々、私が気分転換に出かける海岸沿いにある公園での出会いでした。

Mさんはジョギングで公園に来ているとの事でしたが私の弾いている三線の曲が「あれっ?」と不思議な感覚だったそうです。(三線は確かに沖縄楽器なのに弾いている曲はどうも違うなあ)と思ったそうで興味を持って声をかけて来たのがきっかけでした。

私が弾いているのが讃美歌だと知ってとても意外な顔をして「讃美歌って、教会の歌ですよね。それを三線で弾けるんですね?凄いですね。讃美歌ってどんな意味があるんですかね」とMさんは讃美歌に興味を持ちいろいろと質問して来て、それから週に一度か二度、Mさんは傍に来て三線を聞いて時折は自分でも知っている民謡曲を弾くようになっていました。

傍目には仲良しの息子と母親の姿に見えたかもしれません。

Mさんの相談は職場での人間関係で出社拒否になりかけているという事でした。家族の事を思い忍耐しているものの最近は体調を崩して「我慢の限界かなあ・・・」との事でした。

私たちの抱えている問題は全てが人間関係と言っても言い過ぎではありません。私は初めにクリスチャンであるので自分の経験や知識から自分の言葉で話をする事は出来ない事を断ってから神様が人間をお造りなった訳を話しました。

米子トークです
「あなたの必要と神様の豊かさは一致しています。あたが家族を愛して守りたい思いと職場ではよりよ人間関係を望むことも神様の御心です。その事は完璧に一致しています。しかし、神様はあなたの必要をあなた自身の力で満たすことの出来る者としては造りませんでしたよ。神様はあなたが神様を必要とする者として造られたのですね。日々の糧から生活全般に及び神様を必要とするようにあなたを造られたのです。

神様はあなた自身が自分は完璧な者ではないと思えるようにとお造りになったのです。ですから、あなたは職場での事も含めて全てが完全であるべきだと思う必要はないのですよ。対人関係が上手くいかない事や苦手な人を受け入れられない感情を否定し、努力する必要もないのです。不条理な事も不合理であることを解決したいと思い、偶像崇拝や占いやユタなどに自分の心を持ち運ぶことをしないで下さい。

それらの事は、悪霊があなたとの契約を結ぶための闇の力が働いているのですからあなたは自分の足りなさを認めて謙遜に柔和に忍耐して見てください。問題に目を留めるのではなくてその背後に働くものの正体を見極めるのですよ。恨み憎しみのある所には悪の力が満ち溢れあなた方を滅ぼします。それが闇の持つ力です。悪意を持ってくるものには最善を持って向かいなさいって神様は教えていますよ」・・・

そして、二か月後にMさんからの電話で呼び出され昼食をご馳走になりました。「米子さん。対人関係も全てが軌道修正されて上司からも褒められました。謙虚な態度が取引先の会社の方から伝えられて『社員教育が行き届いている』と好評価されたとの事でした。

「わたしの神は、ご自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによってあなたがたに必要なものをすべて満たして下さいます」ピリピ4:19.  


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2013年12月09日

幽霊に愛された母と娘を救ったのは誰か?(3)

墓地での事件の事は心のうちに収めておこうと決めていました。綾子18歳の春の事でした。綾子はけがをした足を引きづりながら帰宅しました。

このことは母にも弟や妹たちには知られてはならないと思い綾子は井戸で体を洗い急いで着替えをしました。母の様子を見るために裏座敷に行くと幸いにも母の信子は泣き疲れた様子で寝ていました。

綾子は布団を敷き直して信子を促して寝かせました。父の総一郎が訪ねて来て帰ってのだろうという事は推察できました。ふしだらな父親を拒絶できないでいる母親の弱さが綾子には赦せない気持ちでした。

そして、何事もなかったかのように普段の生活は繰り返されていたのですが二か月経ったある日、突然綾子の体長に変化が起きました。

悪阻が始まったのです。間違いもなく正治の子供です。綾子は戸惑いました。正治には同棲している女性がいた事もあってどう責任を取って貰ったらよいのかも綾子には分りません。

思い迷っているときに綾子は友人の絹子から予相もしていない事を打ち明けられました。絹子は正治との間に妊娠していると言うのでした。綾子は精神的に非常にダメージを受け我が身を呪いました。

当時は若い男性が戦死して男性が少なかったのです。男性一人に対してトラック一台分の女性が当たると言う非常事態でした。ですので正治が良い男だったわけではありません。

戦後すぐには、女性の中には結婚は不可能だから子供だけでも欲しいと思う風潮もありました。

友人と同い年の子供が出来るなんて・・・生きる希望を失った綾子でした。悪阻の苦しさもあり、綾子は配給所を辞めました。

噂で汚名が広がる前に何とかしなくてはと焦る綾子でした。今の母の信子にはこのような状況を相談する事は出来ません。綾子は母の信子と共に農作業に懸命にしました。

自然流産を望んだ綾子は、思い荷物をお腹に当てて持ったり、力いっぱい鍬を上下したり、みぞから思い作物を持ったまま飛び越えたりしていました。

やがて信子も綾子の妊娠に気づき混乱します。ヒステリックに綾子に攻め寄りました。「何処の誰との子供なのか?結婚するつもりなのか?お前が今、結婚したら私はどうなるのか?弟妹たちをどうするのか?」・・・と

泣きたいのは綾子自身であったのに、かばって欲しかったのは綾子自身だったのに綾子は何も言えません。綾子はひたすら母の信子に言います「おっかあ。心配しないで良いよ。どこへも行かないよ。子供を産む気もないから・・・おっかあとずっと一緒にいるから心配しないで・・・」

その後、秘密を決して口外しない助産婦のうわさを聞いて綾子は信子と共にお腹の子供を中絶するために出かけました。その当時は麻酔薬の仕様は出来ません。もっとも原始的な方法で中絶をするしかなったのです。

麻酔をせずに口にタオルをくわえてナジチュウーと言う名の草の茎を使いそれを子宮の口から差し込んでかき回して流産させると言う方法でした。

後日、米子はその事を母から打ち明けられた時に背筋が凍りました。確かに血の塊が出て来たことを確認したのですがしばらくは出血も続いたのですがお腹は大きくなるばかりなのでもう一度助産婦を訪問したら妊娠は継続していてお腹の子は順調に育っていると診断されたそうです。

そして、三か月後の11月末に望まれない子は、七か月の早産でこの世に生を受けたのです。極小未熟児で手のひらサイズの赤ちゃんなのでそのままにしておけば確実に死にます。

暗黙の了解で生まれた赤ちゃんは死産という事で外の井戸の傍に布でくるまれて置かれました。不思議な事が起こりました。

井戸の傍に置かれた同時刻に綾子の祖母のウトゥおばあさんの肩をゆすって起こす者がいたそうです。「早くでかけて井戸の傍の子を介抱しなさい」と・・・

夜の八時過ぎですから田舎は電気もく日暮れと同時にお年寄りは眠りにつくのが普通でした。何が何だかわからずに祖母は綾子の元に駆けつけたそうでした。

そして、井戸の傍に置かれている赤ちゃんを抱いて部屋に入り、籠の中に布団を敷かせてヨモギの葉っぱを揉みほぐして敷き、良く温まるようにして山羊の乳を持って来させ沸騰させてから冷して綿に染み込ませてゆっくりゆっくりと時間をかけて飲ませたそうでした。

祖母の機転もあって未熟児の赤ちゃんは信じられないほどに成長著しく元気に成長していったそうです。

名前を付けるに際しては綾子の祖母のウトゥお婆の意見を取り入れ「米子」にした事も小学校に入学してから耳にタコが出来るほどに聞かされたのですが十字架の話は米子がキリスト教に導かられてから聞かされたのですが・・・そこには天地創造の時からの沖縄の女性たちに対する創造主イエス・キリストの御父神と主イエス・キリストと聖霊による深い憐れみのご計画があったのです。

続く

  


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2013年12月05日

幽霊に愛された母と娘を救ったのは誰か?(2)

結婚を言い交した賢一たち家族と共に疎開者や多くの捕虜になっていた人たちもそれぞれが自分の故郷に帰って行く者が増えてきて綾子の生活にも新しい風が入って来ました、

賢一との約束を胸に綾子は長女としてのしっかり者の大役を果たしていました。そんな折に父の総一郎が防衛隊から帰って来ました。

総一郎の帰りが他の仲間たちより遅れた原因が実は負傷した際に看護をしてくれていた若い女性が原因である事がすぐに知れるようになったのです。

総一郎のすぐ後からその女性が総一郎を訪ねて来たことで中山家には大きな嵐が吹き荒れるようになりました。

あろう事か総一郎を折って来た女性は目と鼻の先の空き家に住みついたのでした。総一郎は愛人の家と本妻の家を行ったり来たりするようになり、部落でもその事が大きな話題となりました。

綾子は母の信子の心を思い図って出来るだけ母親の信子の側に寄り添うようにしていました。信子はお嬢様育ちで世間知らずのままに仲山家に嫁いできた事もあり、このような状況にどのようにして忍耐して生きるか、その術が分らないでいたからでした。

そんな時に今度は綾子の前に捕虜収容所で一緒だった正治が言い寄って来たのです。綾子には将来を誓い合った賢一がいますから正治が言い寄って来るのを許さない毅然とした態度を取っていました。

綾子は早朝は暗いうちに起きて母の信子を手伝って畑に行き、その後からはお米の配給所に働くようになっていました。

綾子の下には10人の兄弟姉妹がいたから畑からの収入では生活が苦しかったので家計を助けるためにも綾子は仕事を掛け持ちして働いていました。

配給所でお米を買っても自分で持って帰れないお年寄りのために綾子は自分からお米の配達をしてあげていました。

その日もお米の配達をしての帰りの事でした。いつも通る道は人通りのない農道と墓地が入り混じった一本道で民家は全くない通りでした。

でも、田舎のことですから安全だと思い込んでいた綾子は用心する事もなく足早に家路に向かっていました。そのとき木の陰から突然飛び出してきた正治に綾子は墓地まで引きづられて行きました。

声を出すことも出来ず必死の抵抗も空しく綾子は正治に強姦されました。気が付くと正治の姿はなく綾子は真っ暗な墓地で裸の状態でした。その墓地が図らずも綾子の先祖の眠る墓地であった事を後に明らかにされる出来事で判明することになって行くのです。

続く・・・

  


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2013年12月04日

幽霊に愛された母と娘を救ったのは誰か?

ここに紹介する記事はすべて事実です。綾子と言う女性がシングルマザーで赤ちゃんを出産しその娘の米子が55歳までの人生に経験した信じられない事実を書き記したものです。

なぜ、というのは沖縄にはサー高生まれという人が多くいます。その人たちは何が原因かわからずに自分の意思とは関係なく「せねばならない」と言う脅迫観念で人生を闇の帝王に支配させることを余儀なく選択せざるを得ない状況下にあるからです。

闇の帝王と言いましたがサー高生まれの人には神様だと信じられていますのではっきりと闇の帝王と書き記します。ストリーをまず、読んでいただければ闇の帝王と言う訳が十分に理解できます。


米子には母親のお腹にいた頃からの記憶があります。母が米子を中絶するためにいろいろと行動をしていた事も解かります。米子が母のお腹にしっかりしがみつくことが出来たのは母が米子を中絶するためにどんな方法を取るのかが解っていたからです。

母の綾子には結婚を言い交した糸満市の男性がいました。彼の一家は戦時中に綾子の住む山原に疎開して来ていました。当時はかなりの人が山原には疎開してきていました。

そこで綾子は賢一と知り合いました。綾子は捕虜収容所で看護師として働かされていたのですがその捕虜収容所で通訳をしていたのが賢一と若い警察官の正治でした。

戦争も終わり、数何か所かの家族がそれぞれ自分の故郷へ蹴って行く中に賢一たち家族もいました。賢一は綾子にいて年したら必ず迎えに来るからと約束をして故郷の糸満村に戻って行きました。

それが賢一徒の永遠の別れになる事とは綾子は知るはずもありませんでした。賢一と綾子の人生は紆余曲折と道筋を作って行きます。運命という事があるのならそれは本当に運命を呪いたくなる方向性に進んで行きました。(続く)  


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