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2011年05月29日

先が見えない三年の教会生活から希望へ

人生にはすべて「神の時がある」このことを経験するには、本当に針の道を踏まなければならなかった教会生活がありました。すべては私の楽観主義、空気を読めない私への神の訓練だったと現在は理解しています。打たれ強い私だからこそ立ち直りも早かったのかなあ・・・と思うのは高慢かも知れませんね。私はブラックジョークの名人です。

でも、ブラックジョークが受け入れられないのが教会でした。私のジョークはリーダーへの気付きのつもりでしたがそれが自分が打たれる原因でした。空気を読めない者の愚かさが死刑宣告を受けた訳でして・・・

死刑宣告を受けた私が身も心もボロボロになりましてそれでも暗い顔をする訳にはいかなくて息子たち家族の手前ですね。証にならないでしょう?「神の愛で満たされた教会。癒しの世界の教会」をうたい文句にしているのですからね。

打たれ強い私でも非常に答えました。そんな時に神様は遠方の友のKさんを我が家に呼んでくれて数ヶ月間も私のカウンセリングをして立ち直るようにして下さいました。彼から受けたものは全てにおいて目からうろこ状態でしたね。如何に自分が空気が読めない愚女であったかを気付かせてくれました。

嫁のU子も三日にあけず連絡を密にして御茶に誘ってくれました。私の声のトーンが低くて暗いのを感じていて心配だったらしく電話で「お母さん、大丈夫ね?時間があったらお茶しない?」と誘ってくれていました

息子も会社帰りに寄ってくれて「大丈夫か?何か必要なのがあれば何でも言いつけてくれよ」と優しい言葉をかけてくれていました。慰めと励ましを多くのノンクリスチャンから頂きました。何故か、辛い時にはクリスチャンではない方が本音で泣き言が言えるのですね。信仰を裁かれないで済む安堵があるのですね。

家事が出来ないほどの落胆でしたので近所の方が家事を手伝ってくれたりお弁当を配達してくれたり本当に有難かったです。日ごろから近所の人とは仲良くしておくものだなあと思わされました。

再び息子たち家族を教会から遠ざけてしまった不甲斐なさを悔やみました。嫁は教会での立場が厳しい状況になっていることにいち早く気付いたのでした。でも、何も問いただそうとはしませんでした。

私の希望は伝道の実です。その伝道の実が結べなかったら私の方法を認めてもらえなかったらそれも誹謗中傷が原因であるなら、なお更、絶望的でした。先が見えない三年の時期でした。それでも主イエス・キリストから離れる事は出来ませんでした。主イエスだけが希望でしたから・・・

下記の御言葉は主イエス様が万人に語られている神の御心です。私達クリスチャンが教会生活で疲れてどうするの?です。私達はキリストの御足の跡を追う者です。そのために先にクリスチャンにされた者ですから悔い改めて御言葉を実行する者になりたいと感謝で礼拝賛美を捧げて行きたいと願っていました。

そして、導かれてベタニヤ教会のグループで糸満市阿波根にあります「ベタニヤゆいまーる教会」の枝として再生させていただきました。神様の慈しみに心から感謝しております。

「疲れた者、重荷を負う者は、誰でもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしのくびきを負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる」マタイ11:28~30


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Posted by 金城米子 at 22:06│Comments(0)神の計画
 
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